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2017.02.14
爆発しながら縮む大国
 米国トランプ大統領の行方 〈上〉


                   山口県立大学教授 井竿富雄

 米国の「反知性主義」が生きた

 産業構造変化で没落

 中間層や白人労働者が共感

 
 周りは大惨事に


 星の一生か何かで、大爆発した後急速に縮んでいく、という現象はなかっただろうか(天文学も物理もまるで駄目な人間の記憶はあてにならない)。縮む、ということは、小さくいじけていくだけのように見えるが、実のところ必ずしもそうでもないのではないか。むしろ周りを大惨事に巻き込みながら壮絶に滅びていく。これからの世界を考える時、そのような光景が目に浮かぶ。 この文章は1月初旬から書いていた。どうなるか予測不可能で何度も直した。トランプ大統領就任演説の「America First」という叫びで、ようやく何かが定まった。
 2016年は、これまでなら予想外だったことが起きる年であった。まずは「イギリスのEU脱退」だった。「勝負師デイヴ」というあだ名があったという当時のイギリス首相キャメロン氏は、国民投票という賭けに出た。EU脱退は、反移民・反EUを唱える極右政党「連合王国独立党(UKIP)」が提起し、政権党である保守党内でも離脱論がくすぶっていた。とはいえ首相は、イギリス国民は、ユーロに入らずEUに文句をつけても、まさか脱退まで国民は選ばないと考えたのである。
 ところが結果はまさかの「EU脱退」であった。2015年からの難民危機(これはEUにも責任がある)も事態を後押しした。賭けに大負けしたキャメロン氏は首相どころか国会議員まで辞職した。
 そしてその次が、このアメリカ大統領選挙での「トランプ当選」だった。今もその余燼はくすぶる。アメリカのメディアは、投票箱を開ける瞬間まで、国民はヒラリー・クリントン氏を選ぶだろうと考えていた。しかし、間接選挙制という制度にも助けられ、トランプ氏はほとんど圧勝に近かった。国民の、既存政党への憎悪に近い感情を無視したか、読み誤った。
 トランプ氏が立候補を表明した時、日本のニュースは三面記事的に取り扱っていた。共和党でも有力政治家が立候補し、短期間で消える泡沫候補ぐらいにしか考えていなかった。第一声から「メキシコ国境に壁を創る」だったからである。
 しかも、演説で話す内容が、およそ下品であった。人種や宗教を攻撃し、自身に批判的な質問をしたジャーナリストの障がいのまねをし(動画が出ても本人はあくまでやっていないと言い張る)、女性を平気で侮蔑した。共和党の政治家ですら嫌悪感を持った。ところが、そのような人物が並み居る有力政治家を次々となぎ倒し、公認候補となった。本人には政治経歴はなく、ビジネスの世界で一応成功した、テレビタレントとしての顔を持つという程度だった。
 対抗する民主党候補のクリントン氏は、政治家として支持するか否かはともあれ、国務長官で、上院議員の経験者であった。ところが、かなりの国民は「素人」トランプ氏に賭けたのである。 筆者は、アメリカの「反知性主義」、すなわち、「インテリしか神の言葉が分からないという主張はおかしい」という宗教運動のもつ情念(森本あんり氏の『反知性主義』(新潮新書)を参照)が、今回の選挙には生きたのではないかと考える。産業構造変化などで没落しつつある中間層や白人労働者などが、トランプ氏のいう「M a k e A m e r i c aGreat Again」(アメリカを再び偉大にしよう)に共感した。

 
 排外主義な主張


 トランプ氏は「エスタブリッシュメント」を攻撃した。これが有権者に響いた。既成政党・既存のマスメディア、インテリ、政治のプロのような人間だけが政治がわかると思ったら間違いだ、という有権者の感情が政治を突き動かしたのである。感情が政治を動かすこと自体は当然ある。ただ、その感情は、今回排外主義的な主張へ向けて噴出した。アメリカマスコミは、トランプ氏と民主党のサンダース氏を同列に「ポピュリスト」と非難しながら、トランプ氏の発言だけは詳細に伝えた。そのことが結局国民に広く深くトランプ氏の主張を広げた。
 トランプ氏は、自身に不利な報道をしたメディアには「捏造ニュース」と会見を拒否した。反面、正体不明のネットデマも流すサイトの運営者が、トランプ政権の中枢に入った。記者会見よりツイッターの方が、編集されず人々の心に深くダイレクトに食い入る。そう読んで行動しているように見える。だが、現時点では「情報による大衆操作」の可能性を指摘することも、大衆の反感を買い、民主的諸価値の低落に力を貸す。
 しかし、このような政治潮流、果たして遠い外国のことなのだろうか。

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