安倍首相は3月15日、参院選後としていたTPP (環太平洋経済連携協定)交渉参加を前倒しで表明した。TPPは首相にとってデフレ脱却につなげる三の矢(成長戦略)の一環ではあるが、農漁業、医療、保険、労働、食の安全など社会構造の大転換をもたらす破壊力を秘めている。06年に4カ国で始まったTPP。米国は「アジア重視の中核となる政策」と位置づけ、自国経済の成長と中国包囲を世界戦略に組み込んだ。安倍首相は、この米国の世界戦略に緊密に寄り添い、多国籍独占企業本位の日本の改造に踏み出した。
安倍首相が参加表明
安倍首相のTPP交渉参加表明は、重要5品目や国民皆保険制度など「聖域」(死活的利益)を最優先する自民党はもとより、未曾有のピンチを迎える農業団体への懐柔策を取り込んで行われた。
TPPについて、安倍首相は「世界経済の3分の1を占めるアジア太平洋圏の未来の繁栄を約束する枠組み」と定義づけ、日本だけが内向きになっていては「成長の可能性はない」と断言。その上で、TPPは経済効果にとどまらず、「我が国の安全保障に寄与する」と胸を張った。
また、TPPの将来像として東アジア地域包括経済連携、さらに太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想を提示。中国の日中韓FTA(自由貿易協定)やASEAN (東南アジア諸国連合)経済連携構想との主導権争いを鮮明にした。
安倍首相は、後発の日本にとって「今がラストチャンス」と煽った。世界第3位の経済大国日本は、新たなルール作りをリードできるとし、自民党の「5つの判断基準」を守る決意を表明した。
確かにTPP交渉参加は「国家百年の計」に匹敵する。中でも壊滅的打撃を被るのが農業だ。政府はTPP参加によって年間のGDP(実質)は農業のマイナス3兆円を差し引いても全体でプラスになると試算。ちなみに農業の年生産額は8・2兆円、関税でガードされている品目は834。そのうち「聖域」扱いする牛・豚肉、麦、コメ、乳製品、砂糖・でんぷんは586品目。安倍首相は農業者の高齢化、耕作地放棄など農業崩壊は目の前で起きているとして、日本の農と食を守るために「攻めの農業」に転じる方針を示した。
日本の「国益」がかかったTPP交渉参加は9月の拡大会合を予定。「包括的で高いレベルの協定」をめざす会合では、先発9カ国の「念書」があり、再協議はできないことになっている。日本は世界第3の経済大国といっても11カ国全体に占める経済規模は22・1%、米国の59・2%と比べ見劣りがする。「ルール作りをリードする」には、日本の市場開放を狙う米国と共同歩調をとるほかない。
そうした思惑で昨年2月に始まった日米協議では、両国のセンシティブ(慎重に扱うべき)部門として米国が自動車を、日本がコメなど農産物をあげ、今のところ自動車は米側提案通りに合意されたが、コメは主張すらしていない。
しかも主要な交渉範囲は21の多分野に及ぶ。たとえば労働分野では米国ルールを先取りして、政府は解雇自由へ労働契約法改悪の議論を再開した。
その他、混合診療の全面解禁、BSE (牛海綿状脳症)対策としての米牛肉輸入規制の緩和、遺伝子組み換え食品の規制緩和など日本の「開国」が迫られ、米日グローバル巨大資本の食うか食われるかの大競走が始まる。
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