第3次安倍内閣が発足した。今年は否応なく憲法を危機に貶める悪夢の政治との対決となる。平和の危機とともに、生活の被害を受けるのは産業、正規・非正規を問わず、多くの勤労者、とくに働く女性たちだ。「この道しかない」と公約したアベノミクスは失速しているのに、国民は安倍政権を選んだ。労働者は残業代ゼロを、働く女性は貧困を、高齢者は年金・医療・介護の改悪を強いられる。生活の現場から反撃を―。新春対談のお相手は和光大学の竹信三恵子さん。近著に『ピケティ入門』(金曜日)
がある。
 |
松枝佳宏(新社会党委員長) |
松枝 女性問題が苦手で、まず母性保護について質問させていただきます。家事・育児は男女共通の問題、違う点は女性は出産すること、だから出産だけ保護すればいいという議論が国連女性委員会であり、ロシアや中国は反対したようです。どう考えますか。
竹信 女性だけに育児を背負わせておくと、企業は女性の採用を嫌がります。だから、これを男性にも分け持たせるということで、男女平等に育児をさせるという発想になったのだと思います。
松枝 男性には家族責任、女性には家庭責任があるという日本的な任務分担の上に、安倍首相は女性を活用しよう、産めよ、殖やせよと言っています。
竹信 国家総動員法による女性の動員を思い出してしまいます。
松枝 女性問題が政治の焦点になっていますね。
 |
竹信三恵子さん(和光大学教授) |
竹信 男女両方が仕事・生活・育児に関わることを基準にした働き方へ制度を見直す方向へ、ようやく人々の発想が変わりつつあるように思います。
松枝 安倍首相は変わっていません。
竹信 安倍さんは妻が家庭に居るという基準を変えないで、女性に働いてもらうという考えでは。だから一種の戦時中の愛国婦人運動、国防婦人会では、と言いたくなるんですよ。
松枝 なるほど。竹信少子化で労働人口が減り、製造業が減ってサービス産業が増える産業構造の転換が起きているので女性に働いてもらうことは確かに不可欠になりつつあるんですよね。だからこそ労働時間を短縮して、女性が外で働きやすく、男性も家庭に戻りながら働ける仕組みを作って両方の負担軽減を図るべきなのに、「残業代ゼロ労働法」など、むしろ残業規制を緩和する動きを進めようとしています。
松枝 僕が関与していた公務部門も民営化が進んでいます。
竹信 自治体など公務部門では、3人に1人が非正規ですからね。
松枝 病院、学校、教育、介護など公務部門が儲けの対象として商品化され、そこに低賃金・非正規の女性労働力を充てようというわけです。
竹信 自治労の調査では、正規より非正規の職員の方が多い自治体も増えています。まさにお上がつくる「官製ワーキングプア」です。公的な支えを国が責任を持って行うという原則がおろそかになっています。
松枝 僕は労働と公共を国民の手に取り戻そうと言っています。
竹信 特に委託が問題ですよね。どんなにサービスの質を良くしようと踏ん張っても入札方式では一番低い所に落札するでしょう。仕事を取るには単価を下げるしかなく、賃金を下げる。これでは働く意欲が起きません。
松枝 ワーキングプア防止へ、公契約条例を制定する自治体が出ています。
竹信 中央での政権の転換が難しければ、自治体から改革を進める、というのが公契約条例の狙いですよね。米国も、共和党の政権を変えられなかったため、州から変えていこうとがんばったと聞いています。その面では公契約条例には期待が持てますね。
松枝 雇止めを受けた非正規女性がユニオンに相談に来ます。
竹信 公務部門がシングルマザーの受け皿であった時期がありました。賃金は高くないけれど身分は安定していました。それがいまは派遣など非正規で働くしかなくなり、女性の貧困化を生んでいます。女性の非正規率は6割近くですから。
松枝 労働組合総体の力が弱くなっていることも原因ですね。
竹信 以前、総評の公務部門の女性労働者が女性労働運動の核になっていましたが、公務部門の解体とともに、女性労働問題の受け皿がなくなっていきました。女性ユニオンが作られたのは、こうした状況に対応するためだったんです。
松枝 国鉄、電電、専売の3公社の解体で国労が潰され、総評が解体されました。それを女性労働者の立場で見ることを示唆されたのは初めてです。
竹信 パートは家事・育児の合間に働く働き方だから低賃金でも夫の収入でなんとかなるということで、その待遇改善が見過ごされてきたのです。でも、同じ仕事をしても賃金は半分で、社会保険はなし、期限がくれば簡単に首を切れるわけですから、企業にはあまりにも便利です。その結果、男性も含めて非正規にぶち込まれることになった。こうして非正規が4割近くまで広がるという今の状況をつくってしまったのです。
松枝 最近の労働環境の変化には驚かされます。竹信同感です。
松枝 職場で話し合うことすらできない。
竹信 製造業派遣の労働者などは仕事がある工場へと移動させられるので、定着して生活できず、事実上、選挙権さえなくなってしまいます。
松枝 うーん、どうしたらいいでしょう。
竹信 ひとつは年輩者が現在の状況をしっかり理解して、非正規の待遇改善にまともに取り組む政党に票を集めることが必要でしょう。年輩者は人口が多く、投票率も高いです。しかも正社員だった人が多く、年金があってそれなりに生活が安定していて、政治的パワーを持っています。その年輩者たちが目の前の状況を理解できていないのでないか、と。
松枝 たとえば?
竹信 若い者は怠けているとか、「アリとキリギリス」のキリギリスのように仕事があるときに貯金をしなかったからワーキングプアになったとか。でも、非正規が全雇用者の4割に達し、正規社員になったとしても若者の間では昇給・ボーナスなしの「非典型正社員」「名ばかり正社員」はざらです。若者の働き方の過酷化が年輩者には分かっていないのでは。
松枝 僕は九州の出身で、三池炭鉱労組の「みんな仲間だ炭掘る仲間」という労働歌を聞いて育ちました。今の職場はその仲間が少なく、バラバラです。
竹信 労働組合の組織率が落ちた時、個別労使紛争を解決するには労働法制による規制を強化するしかない。そうした規制を整備する政府をつくることが求められます。先ほど述べた年輩者にはそういう政府をつくるために投票してほしい。
松枝 兵庫では熟年者ユニオンが元気に活動しています。ところで、配偶者控除の廃止論が出ていますが、女性にとって新たな差別だと思うのですが。
竹信 配偶者控除はパート女性が扶養される範囲内に留まろうと就労調整をしてしまうので、女性の経済的自立を妨げているのは事実です。ただ、貧困化が進んでしまったいま、配偶者控除をただ撤廃するだけでは新しい貧困を生む恐れがあるのも事実です。基礎控除を生活保護程度に上げたり、最低賃金を相当程度上げたりすることで、女性が就労調整しなくていい仕組みをつくる工夫が必要です。
松枝 最低賃金は、時給2000円は当然だと思います。竹信理論値としてはそうなるかもしれませんね。シングルマザーは、週35時間労働で年収300万円あれば、なんとかなると言っていますので、最低限、この線を目指す必要があるでしょう。
松枝 労働時間の短縮は絶対必要ですね。
竹信 今の日本の男性の働き方は何時間も働いて、それで400万から500万円稼げばいいと思っています。本来は8時間労働で賃金はいくらが基準、そこに戻らないと女性は働けません。
松枝 EUは残業を規制しています。
竹信 EUは24時間のうち11時間は連続して休ませなくてはならないという「休息時間」を設けて、残業規制の岩盤としています。
松枝 安倍首相は岩盤をドリルで突き崩すと豪語しました。
竹信 安倍政権は女性の活躍推進法案を国会に提出する一方、先ほどお話ししたように残業代ゼロ制度による8時間労働規制の撤廃をしようとしています。これでは長時間労働のブラック企業がはびこり、家事労働を購入して長時間働ける女性と、それができない女性との女性間格差が拡大し、女性が一致して何かをすることはますます難しくなるでしょう。
松枝 労働運動を再建しない限り、資本主義は変わりません。
竹信 今は高度成長期とは違い、企業内組合が機能を発揮することには限界があります。企業を超えた労組の充実が不可欠です。
松枝 既存の組合が沈滞している中、地域ユニオンが頑張っています。
竹信 ユニオンの情報発信力に期待しています。そのネットワークを広げ、かつての地区労が持っていたような機能も再生してほしいですね。
松枝 それにしてもメディアの翼賛化がひどい。
竹信 自民党が一色化し、かなり危ない政治が登場しています。NHK首脳部が現政権の支持者で固められ、現政権を支持する論調をネット右翼が支えています。ここは年輩者こそがネトウヨに負けずに、インターネットやメールを使いこなして反撃してほしいですね。
松枝 竹信さんも気をつけください。ありがとうございました。
|