安倍政権の「一億総活躍社会」に対する国民の期待度は低い。来年1月開会の通常国会に向けて作成される具体的政策プランは「新3本の矢」が柱となる。矢の的はGDP600兆円(第1の矢)に象徴される成長戦略。突然つがえられた第2の矢=
「希望出生率1・8」と第3の矢= 「介護離職ゼロ」は、とくに若い世代と介護関係者の戸惑いと反発を呼び込んでいる。あまりにも実態とかけ離れ、政権の無責任な人気取りが見透かされているからだ。
介護保険制度は2000年に「介護の社会化」「家族介護から解放する」との鳴り物入りで始まった。あれから15年。日本は07年を境に65歳以上の高齢者が21%以上を占める超高齢化社会に突入し、「家族の介護地獄」は解消されないどころか、介護から人材が逃げ出し、介護クライシスは深刻さを増している。
こうした中で政権の目玉政策となった「介護離職ゼロ」。介護離職は介護のために会社など勤めをやめることを防ぐ政策。総務省の基本調査(12年)では、勤めながら介護をする人は239万9000人、介護離職は年間10万1000人。それを2020年までにゼロにし、団塊の世代約260万人が75歳に達するその5年後に備えようというのだ。
念のために、安倍政権はこの政策を「国民の健康医療と福祉の増進」(介護保険法第一条)のために発想したわけではない。アベノミクスの一環として年間10万人以上の非労働力化を防ぎGDPを押し上げること(その効果は0・1%と試算)が狙い。安倍首相自らこの目標へ介護施設の整備、介護人材の育成、在宅介護の負担軽減を指示した。
呼応して、加藤信勝1億活躍担当相は特養ホームの増設へ、国有地の割安貸与のアドバルーンを上げた。厚労省は介護休業取得率が3・2%にとどまっている現状の改善へ休業中の給付金を賃金の40%から67%に引き上げる策、介護福祉士を志す学生に学費の貸与制度を拡充する策、特養ホームの建物は賃貸物件も可とする認可基準の見直し策、介護ロボットの開発・導入への助成金付与策など、小出しに献策した。
一体何が問題なのか。介護保険制度が始まる前から20年間ホームヘルパーとして働いている松本郁代さん(仮名)、制度開始以来ケアマネージャーを務める浜田孝夫さん(仮名)、民間の会社から転職しヘルパー5年のあとケアマネージャー資格をとった井上修一さん(仮名)に話を伺った。
松本さん「安倍さんもわかっていない。施設をいくら造っても人手がないから入所者がいない。入所できないから家で介護する、そのために会社を辞める。辞めさせないようにするには在宅介護にしろ、施設介護にしろ、誰かが面倒を見なければならない。根本は人手不足が問題です」
井上さん「介護のために仕事を辞めなくていいように会社が保障するとか、職場の受け入れる態勢が必要。ヘルパーは食事やおむつ交換、入浴の介助をする身体介護は点数が多いが、調理や買い物、掃除など生活援助は低いからね」
浜田さん「待機者が大勢いるのにある特養では職員不足で定員200のうち50のベットが空き、稼働率が悪い。有料老人ホームやグループホームは月額20〜25万円かかる。それを負担できる人は少ない」
松本さん「人手不足の原因は賃金が低いだけでなく、処遇が悪すぎるから。事業所同士の競争が激しく、利用者の奪い合いです。それに事業所は売上げ第一。利用者をお客様と言いニコニコペコペコ。利用者が無茶苦茶を言うのに反論すると会社にクレームがきて、あのヘルパーは取り替えろとか」
浜田さん「ヘルパーの報酬は移動の時間は1時間だろうと点数にならない。大雨だろうが大雪だろうが移動しなくちゃならんのに」
井上さん「劣悪な賃金に劣悪な待遇。その上に無理を言いつける利用者がいる。その辺のことも離職が多い原因だ。ヘルパーさんが安心して働けるようにならないと問題は解決しない」
介護離職ゼロとは介護職員の離職ゼロのことでもあった。3人の話はこのあと、介護現場とケアマネージャーの実態と制度の在り方に進んだ。(つづく)
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