「何のための、誰のための刑事司法制度の改革なのか」、先月出された法制審特別部会の部会長試案には、失望と怒りの声が相次いでいる。試案は、取調べの可視化の対象範囲が極めて狭く、これでは冤罪はなくならないというのだ。
取調べの可視化を担保する「録音・録画」について部会長試案は、 取調べする側に任せる、 一定の例外はあるが、原則として全過程の録音・録画を義務付ける、それも裁判員制度の対象事件についてという両論併記になっている。
1月18日の部会では試案に対し、特別部会設置の趣旨に反する、そんなものは制度とは言えないという意見が出、新聞なども「出直せ」という論調が大勢だ。
PC遠隔操作事件
取調べの全過程の録音・録画がなぜ必要か、パソコン(PC)遠隔操作による脅迫メール事件で犯人にされた大学生のような事件が起きるからだ。この事件の場合、裁判員裁判の対象ではない。
事件は昨年6月、「小学校に猟銃と包丁で武装して行って皆殺しにする」という脅迫メールが出され、神奈川県の大学生が事情聴取を受けた。IPアドレスをたどって来た警官に大学生は、「やっていない」と話した。
逮捕され、否認していた大学生は「自白」したばかりか、ハンドルネーム・鬼殺し銃蔵の意味や動機も上申書に書き、家裁で保護監察処分になった。真犯人からメールが来て、処分は取り消されたが、取調べでどんなことを言われたか。
検察・警察の検証では、刑事に「否認していたら検察送致され、少年院に入ることになる」などと言われ、「それでは大学に戻るのが遅くなる。実名報道されたら就職のチャンスがなくなると考え、仕方なくウソをついた」となっている。
取調べ室という密室で迫られ、仕方なくウソの自白をさせられるということが繰り返されてきた。 大学生も、2秒間で250字のメールを打ったことになるから調べてほしいと言ったが、「自白した」ということでどんどん先にいった。
客観的な証拠と言っていることが矛盾したら改ざんする、隠すという刑事司法ではダメだと法制審に「特別部会」が作られた。
証拠開示の法制化
冤罪を作らないためには、さらに証拠開示義務を法制化することが必要だ。東電OL殺人事件の冤罪被害者・ゴビンダさんの事件で、再審の決め手になったDNA鑑定の数々の新証拠は、実は新証拠ではなく、すべて検察の手持ち証拠の中から出てきた。
再審開始決定は、これらの「新証拠」が出されていれば、有罪認定には到達しえなかったとする。なぜ出されなかったか。法的な提出義務がないからだ。
何のための、誰のための司法改革なのか、冤罪をなくすという原点に立ち返って、全面可視化と証拠開示義務の制度化こそ緊急に必要だ。