世界を大混乱に陥れる
2020年は大変な年である。疫病、経済不振、国際環境の悪化と、平和の維持には最も困難な年である。
アメリカ合衆国では山火事が大規模に発生していると聞く。オーストラリアで、山火事が発生してコアラが大量に焼け死んだというニュースが出たのはいつのことだっただろうか。
そういえば、アフリカから西アジアにかけてはバッタの大発生も報じられていた(忘れている方も多いのではないか)。と言っていたら、日本ではまた集中豪雨で大被害が生じた。まるで旧約聖書の世界のような光景である。
その中でも、とくに日本にもかかわったものは新型コロナウイルスであった。昨年末から今年の初め、中国での発生を伝えるニュースが出た時、まさかこれが世界を大混乱に陥れるなどと誰が予想していただろう。21世紀の科学はこの疫病の正体をつかんだ。そしてその頃、疫病は日本ヘなだれ込んできた。
筆者の勤務先は、新学期一週間だけなんとか対面授業をやったが、その後臨時体校した。休校した分は、土曜日をつぶして学期内で対応した。学部学科によって、夏季休業期間は実習に行かねばならないからである。学校によっては土日をつぶさない代わりに夏休みをつぶした(9月中旬まで前期の講義をやり、10月から後期を始める学校もある)。
今年の夏季休業期間は、勤務先は遠距離ではないがキャンパス移転があり、筆者は読みもせぬのに買い集めた本を運ぶのに最近まで大わらわであった。本来ならばこの新キャンパスに多くの人に来訪してもらいイメージアップを図るはずだったが、人を集めることが禁じられているなかではそれも無理だった。日本は欧米に比べれば確かに感染者は少なかったとされるが、感染は急速に広がった。そしてコロナウイルスは疫病ではあるが、世界の矛盾を照らし出すような存在として立ち現れた。
「労働者シェアリング」
コロナの拡大によって外出の自粛が始まり、企業がオンライン業務の導入いかがを言い始めた2020年4月、朝日新聞に一篇の投稿が掲載された(4月15日)。埼玉県在住、35歳の契約社員と名乗る筆者は「安倍晋三首相が緊急事態宣言を出した日、私は都内に出勤し、宣言が出ても業務は継続と説明を受けた。つまり変わりなく出勤するのだ」と書いた。
勤め先は休むならば無給と宣告したという。「3密回避も時差出勤もステイホームも、私が働く世界には無い」という絶望的な環境の中で、この投稿の筆者は「家にいようという時、その一致団結に入れない人があることに気づかないのか」と問いかけた。
正社員ならば休むことも在宅勤務もできたかもしれない。しかしこの筆者は契約社員であり、「雇止め」宣告でたちまち失業者である。この結果、筆者はコロナ感染と失業による経済的危機のどちらかを選択せよと迫られた(これはブラジルのボルソナロ政権が取る貧困対策である。複数の書籍に掲載された酒井隆史氏の論考が詳しい)。
『現代思想』誌48巻10号(2020年8月号)が「コロナと暮らし」というテーマの特集を組んだ。ようやくめくって見た中に、今野晴貴氏の論文が掲載されていた。
コロナ感染拡大を理由とした解雇・休業に伴う手当の不支給など、労働者への権利侵害が横行していることについて述べたものである。
疫病を理由にした企業による各種の権利侵害の実態は、筆者にとって読んでいて恐怖さえ覚える内容だった。派遣切り、休業補償の支給拒否、明らかに違法な解雇、とりわけ驚いたのは「労働者シェアリング」が企業経営者間で行われているということだった。「労働者シェアリング」とは、企業経営者同士が労働者を「融通」しあう仕組みである。
コロナで営業不振の企業経営者が、人手がほしい別の企業(業種が異なる)に労働者を送り込むのである。
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