トップ週刊新社会教育2018.10.23
2018.10.23
若者の貧困から政治を考える(下)
消費増税ではなく富裕層に応分負担を
中京大学教授 大内裕和

 前号に続いて大内裕和さんが学生、若者の貧困の実態をブラックバイトを通して明らかにし、その対策と、給付型奨学金も含む社会保障の不安をなくす運動と税制のあり方に言及する。

法と運動でアピール
 ブラックバイトとは低賃金で働かせながら正規雇用労働者並みの義務を課し、授業など学生生活に支障をきたし、学生の人権を踏みにじる働かせ方です。この定義にしたがって大学生5000人に調査を行ったところ、70%がブラックバイトを経験しているというデータがありました。

 このようなことを強いられたり、未払い賃金があるとか、ノルマを達成できなければ買い取らされるなどの事実を話すと、誰もが「なぜ辞めないのか」という反応をしました。この反応一つで、今のメディアや一定以上の年齢の方が、今の学生のことを何も分っていないということが分ります。辞められるならブラックバイトではありません。

 なぜ学生生活の環境が、かつてとは全く違う劣悪なものになっているのでしょうか。

 一つ目は、大学生の貧困の深刻化です。仕送り額は以前のような月10万円台から大幅にダウンしています。仕送り額から家賃をひいて30で割ると、1日に使えるお金は1990年の2460円から、最近は790円です。一食300円の学生食堂すら使えないのです。ですから仕送りが5万円以下の場合、生活するために嫌でもアルバイトを辞められないのです。

 二つ目は、非正規雇用労働者の急増による労働現場の劣化です。

 1992年から10年で非正規労働者の割合が倍増し、全体の40%程度になっています。

 かつてのようにアルバイトが休んでも職場が成り立っていた環境は大きく変わり、休んだら職場に穴があくのです。いまやバイトリーダーやパート店長が当たり前です。これでは休めません。ブラックバイト問題は、まさに現在の労働問題の結果です。

 労働弁護団と組んで無料冊子「ブラックバイト対策マニュアル」を作りました。ホームページからも無料でダウンロードできますし、意識のある高校や大学はこの冊子が置いてあります。その後ブラック企業問題と連動して組合ができ、ブラックバイト専門の弁護団ができました。

 奨学金が世界標準の給付型であれば、学生はこんなアルバイトをせずにすみます。ですから奨学金制度の改善は重要です。

 2012年に愛知県の大学生らによる「愛知県学費と奨学金を考える会」が作られ、その翌年、「奨学金問題対策全国会議」が結成され、国会でも野党中心に奨学金制度や日本学生支援機構に対する質問が行われるようになりました。

 このような運動で、延滞金賦課率が10%から5%に削減され、返還猶予期限5年から10年へ延長されました。また様々な制度改善プラス無利子が増加し、有利子が減少しました。この傾向は今年まで続いています。まだまだ十分とは言えませんが、重要な変化であったと考えています。

 また、奨学金は本人の卒業後の仕事や収入が決まっていない段階で借りている訳ですから、救済制度がなければなりません。

 しかし、ほとんどありません。そのため私は法的整理を勧めています。また、連帯保証は返済の当てが確実でなければ人的ではなく機関保障を勧めています。

税制に社会的配分を念頭に
 私は2016年の参議院選挙の時に、給付型奨学金を争点にせよと言いました。それは初の18歳選挙権が行使できるので、給付型奨学金は学生にとって待望の制度だったからです。出生数が急速に減り、「再生産不可能社会」の到来です。単なる教育問題というよりは社会の在り方の問題です。

 給付型奨学金を実現するために財源をどこから持ってくるか、これがきちんとできれば、緊縮財政を基本とする新自由主義と対抗する政治勢力を作れます。

 しかし、税制に対する知識や社会的な配分について市民の考えはとても弱いのです。

 経済的に厳しい家庭の子どもの進学を保障するのが奨学金ですから、消費税を上げるのではなく、経済的にゆとりのある階層からとるのが一番正しいのです。

 日本は財政赤字で大変だというキャンペーンがされている一方、純金融資産1億円以上の階層では、2000年83・5万世帯171兆円が、2015年には121・7万世帯272兆円と、年平均6兆円以上の増加をしています。

 私の提案は年間1・1兆円でできます。富裕層の富を削れというのではなく、富裕層の富の増え方をちょっと減らすだけで、すべての奨学金は給付型になるのです。 

 私は本人に学ぶ意欲があるのに、経済的に貧困という理由だけで進学できないとか、勉強できないというのはおかしいではないですか、という言い方で世論形成をやってきました。

 それがある程度うまくいったから、今回の給付型奨学金の導入があったのではないかと思っています。