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2017.02.21
爆発しながら縮む大国
 米国トランプ大統領の行方 〈下〉


                   山口県立大学教授 井竿富雄

  日本にいる「小トランプ」

 「建前をかなぐり捨てた暴力」への回帰が起こる

 
「抵抗勢力」へ攻撃

 筆者には、トランプ氏の主張もスタイルも、日本では既視感がある。トランプ氏の著書『トランプ』(岩下慶一訳・ワニブックス)を見ると、日本の政治家のもののような錯覚がある。「一発くらわせる軍事力」や、「教員組合排除、教育に競争を」などという表現は、日本ではとくに反発もなく受容されている。そして、「温暖化ウソ論」(大規模資源開発を正当化するため)。よくある。
 自身に批判的なものを「抵抗勢力」と十把一からげにして攻撃した政治家はいなかっただろうか。マスコミは「マスゴミ」と非難されていないだろうか。内閣が「土人呼ばわりは差別ではない」という決定をしたのは昔ではない。
 大統領選挙当選後、トランプ氏はツイッターで一方的にあれこれのメッセージを投げつけて物議を醸してきたが、こういう政治家は地方自治体にいなかっただろうか。日本には「小トランプ」がたくさんいたのではないか。私たち有権者が忘れていただけである。
 日本時間の2017年1月20日に安倍首相が施政方針演説したその半日後、トランプ大統領就任演説があった。安倍首相と同じ言葉「取り戻す(takeback)」を使った。だが「You」という言葉を多用し、貧しい自国労働者の味方として自分を打ち出した。
 そして、公約通り「TPP脱退」を実行した。安倍首相は昨秋の臨時国会で強引にTPPを批准し、大統領選挙後、世界で最初にトランプ氏に会いに行った。しかし面目はつぶれたのである。見解が違えば話を打ち切り、政策を急変させる安倍首相と、政策を天下らせ、自己の要求を絶対に割り引かないトランプ大統領は、いきなり経済面で激突することになった。
 トランプ大統領は「在日米軍の駐留経費全額負担」など、軍事関係でも強硬な主張が目立つ。日本の右派のなかには、これを梃子にして改憲・軍事力強化をもくろむような動きもある。アメリカをあてにせず、自主国防の旗のもと自国の軍事力強化、という論法である。

 支配層内部の変動

 朝日新聞(2017年1月8日)に「トランプ政権の3G」という言葉が載った。「大富豪・ゴールドマン=サックス・将軍」だそうである。トランプ氏の「エスタブリッシュメント」攻撃はすでに放棄され始めている。よくある「支配層内部の構造変動」という側面が出始めている。
 当初は中国・ロシアとの関係が好転するかと言われていたが、トランプ氏自身は対露姿勢好転を公言しても、国防長官マティス将軍はロシアに対するむき出しの敵意を口にした。アジアでは、台湾との関係を公然化し、東アジアの国際秩序をいきなり覆す可能性もある。
 中東和平については、イスラエル支持という点は全く「エスタブリッシュメント」以外のなにものでもない。イランとの核合意も平気で破棄する可能性がある。
 内政面では、オバマケア撤廃という点では合意したが、しかし保険制度を作るという。雇用を取り戻すと言うが、実は労働条件については語らない。工場を海外移転した企業を戻させているが、何の見返りもなしに企業は動かない。ここがトランプ支持の急所の一つになる可能性はある。
 どう見ても、政策に裏付けがあるのかどうか不明である。いきなり前提なしにツイッターで公開して人を混乱させ、相手がうろたえている間に契約させる、という手法はまるでSF商法である。辛抱強く相手を説得し、時には妥協する、という政治手法は採らず、最初から「白黒つける」ような形で政治に臨む。譲歩は敗北、という価値観である。
 映画『帰ってきたヒトラー』に、ドラマでない部分がある。ヒトラー役の俳優が扮装で街に出るのだ。この「ヒトラー」に対し、普通のドイツ人が平然と恐るべき本音を吐いた。
 2017年は欧州諸国の重要選挙が相次ぐ。トランプ政権に続いて、フランスでルペン政権ができればEUがその時点で事実上崩壊する。そうすれば、EUが建前だけでも掲げてきた「人権」などの理念も褪せる。
 そうなれば、政敵を排除して憲法改正で強力な大統領制を採用するトルコは国是を放棄して宗教色の強い独裁政権へ移行し、「世界の大勢」に弱い日本政治は「立憲主義」など捨てて顧みなくなるだろう。新自由主義の「ルールを盾にした暴力」から、「建前をかなぐり捨てた暴力」への回帰が起こるだろう。
 つまり、世界は「国際協調」や「法の支配」などというような無毒化された言葉など頼らず露骨な帝国主義的利害の追求へ回帰する可能性がある。

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