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2016.12.06
カストロ氏逝去
「勝利までつねに前進」



 
 「わがアメリカの、そして世界の友人の皆さん、今夜11月25日、10時29分、フィデル・カストロ・キューバ革命最高司令官が死去しました」、ラウル・カストロ国家評議会議長がテレビ放送の最終時に発表した。14時間時差のある日本でも26日昼過ぎにニュースが流れた。25日は、山中から革命闘争を開始することになったキューバ再上陸、これを果たしたヨット「グランマ号」がメキシコを出港した日の60周年記念日であった。


 フィデル・カストロ氏は1926年8月13日生まれ、東部の農村で育った。学生運動を経て卒業後、弁護士になったが、バティスタ独裁政権打倒をめざして53年7月26日、仲間の青年たちとモンカダ兵営を襲撃した。26歳だった。しかし、失敗、逮捕され、裁判で「歴史は私に無罪を宣告するであろう」と原稿なしで弁論した。後にこの論述が革命勝利への指針となった。


 かいらい政権大統領が国外逃亡し、反独裁闘争を勝利に導いたのが1959年1月1日、その後は米国による国交断絶、封鎖と軍事侵攻にさらされ、冷戦下で核戦争一歩手前まで緊張する危機を経験した。米軍侵攻を機に革命は社会主義を志向、無料の教育・医療・住宅、配給制度によって「飢え」「非識字」「失業」を解決した。61 年のチリ地震、63年のアルジェリア独立闘争への医師派遣で、今日の数万人/数十カ国での医療チーム活動の実績への道を開いた。


 キューバ革命は今もなお、「第三世界」の諸国民を奮い立たせている

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