国境の壁へと動く
この数年、世界は急速に逆転している。ヨーロッパ統合はきしみ、グローバル化は国境の壁へ、多様性の共生は区切られたすみわけへ、と動いている。
「壁」と「取り戻す」は世界的に重要な言葉となった。アメリカのトランプ政権はメキシコとの国境に壁を作る、と明言し、特定の国からの入国を禁止した。トランプ氏は関税を使った貿易戦争で相手を倒そうとした。すでにオバマ前政権時代から、世界貿易機関の紛争処理が自国に不利だと主張していたが、ついに紛争処理機能を停止させた。
イギリスはジョンソン内閣の下で「EU脱退」に向かって舵を切った。スペインで急伸する極右政党「VOX」は、「スペインを再び偉大にする」を掲げ、北アフリカに壁を作って外国人を締めだすと公言した。
誰もかれもが「取り戻す」ことに熱中した。トランプ政権はまさに自国の地位が脅かされているため、力を取り戻そうとした。そして、軍事同盟諸国に駐留米軍経費増額を迫る。反面でトランプ政権は、それまでのアメリカ政府が取ってきた「グローバルに行動する覇権国家」の姿を捨てて「いるところだけ取る」分かりやすい帝国主義に回帰した。
アメリカは油田地帯以外のシリア領土から撤退した。自らがかつて攻撃したタリバンと和平交渉をしてアフガニスタンを見捨てつつある。反面、イランは核合意を盾にとって締め上げ続け、最後に書いたように要人暗殺を決行した。
イギリスは「主権」を取り戻すと称してEUから脱退を決めた。2019年12月総選挙で、イギリス(の中でも、イングランドとウェールズ)市民は「とにかくすっきりさせたい」と保守党を勝たせた。労働党には逆風だった。「反ユダヤ主義政党」「極左的」などのキャンペーンが張られていた(報道が来ない日本では分かりにくい)。
グローバル化を肯定しないためにEU脱退についてうまく代案を示せなかった指導部が「中途半端」とみなされた側面もある。しかし、イギリスは今後英米FTAの締結で自ら不利な状況に追い込まれる懸念がある。またEU残留を望むスコットランドが連合王国から独立しユーロ導入へ突き進むこともありうる。
新しい帝国となる
上記の潮流から、日本も例外ではなかった。安倍晋三氏が政権を奪還する時に使った選挙スローガンは「日本を、取り戻す」であった。「壁」は作る必要がなかった。
もとより日本では、移民・難民を積極的に受け入れる政策はどの政権も取ってこなかったからである。欧州極右政党がうらやむほどの壁が、すでに日本にはあった。
安倍首相が「取り戻し」たい日本は、歴史問題や日韓関係で取られてきた対応を見る限り、大日本帝国との連続性を持っている。そうしなければ、朝鮮半島の南北統一政権が出現した際、新国家に旧宗主国として対峙できないからである。国民に向けては「約束を守らないのは向こうだ」と言っていれば大丈夫と安心している。そして改憲で「取り戻す」のは、改元で区切りをつけ(たことにし)、バージョンアップした新しい帝国である。
前途は暗いが、このような中にも転換の契機はありうる。アメリカが一国主義を採り、自国権益を隠すことなく押し出したことが、朝米交渉(見通しは厳しい)や、相当乱暴な形での中東・アフガンでの米軍縮小・撤退への流れになった。マクロン・フランス大統領は「NATOは脳死している」とまで言い放った(11月7日)。トランプ政権は駐留米軍経費をもっと出せ、と言う(韓国には5倍を要求した)。「いらないのでお引き取りを」という国がどこから出るかが問題である。少なくとも日本ではない。
反面、一国主義のきまぐれは突如矛盾した行動に出る。2020年1月3日、米軍は突如無人攻撃機でイラクを空爆し、この国に影響力を強めたイラン革命防衛隊司令官を暗殺した。イランは反撃を宣言してイラクの米軍基地をミサイル攻撃したが、イラン軍が第三国の民間機を誤って撃墜し、舞台は思わぬ方向へ転化した。
この時期日韓両国は、異なる大義名分をつけるものの中東に派兵した。痙攣しながら死にゆく覇権国家に追従する外見のもとに新たなプレゼンスを見せつける、ためだろうか。
世界が多極化する時代に、排外的でない自主独立の道を探るという理想は出てよい。ただし東アジアの場合、急成長したもう一つの極・中国があるため道は困難である。「日米安保一辺倒」からの脱却という旗印を右派に奪われないための努力(近隣の脅威を呼び水にした改憲と軍拡への誘惑に打ちかつ)はなにより必要である。排外と覇権に反対する道の模索は日々続けられるべき仕事である。
年末に中国から出た新型コロナウイルスは、国籍など問わず人を倒す。自国民だけを守る隘路に陥るか。人類全体が団結して科学の粋を結集して闘うか。オリンピックなどより疾病との闘いこそ、「人類の進歩と調和」に寄与するだろう。 |