平林彪吾には、興味を惹く作品がある。『月のある庭』と『鳥飼ひのコムミュニスト』である。対照的だがリアリズムに徹しながら絶望的な気分とユーモアにあふれた人物を書いて個を描ききった作品だ。本『月のある庭』は作家の火野葦平が出版に尽力した。
『鳥飼ひのコムミュニスト』は、プロレタリア文学としては珍しく型式ばった革命にいそしむ人間ではなく、資本主義の生活に幸福を感じとっているプロレタリア詩人を皮肉をこめて描き、人間の矛盾を掘り下げている。何か親しみのもてる作品だが、組織からすると恥部をさらけだしたとして批判された。
一方、『月のある庭』は廃人となった主人公と女給の妻を描き、仕事を求めて履歴書を書きまくる失業者を描写していいしれぬ寂しさをかもしだしている。この作品が単行本として出版されたのにはいわれがある。
「その中で最も私の心をうったことは、平林氏の遺児のことである。平林氏は非常に子煩悩で、よく学校の休日には子供を伴って銀座などに散歩に出たようであるが、そ眞君が、平林氏が死んでから、夫人に、母ちゃん、父ちゃんはいつも文章を書いて居った癖にどうして本がないの、といって訊くそうである。平林氏の友人達が皆著書を持っているのに自分の父にだけ本がないのが腑に落ちぬらしく、また、悲しいらしく、書架を探りながら眞君がいうというのだ。当時、夫人も大病のため病床にあり、夫人とて遺稿集のことに気を病みながら、病気療養費をその出版に当てることもならぬというような気の毒な状態であったということだ。
今、平林彪吾小説集『月のある庭』が立派な装いを凝らして世に出る。……うちの父ちゃんにも本がある、と、出来上った美しい本を手にする息子さんのうれしげな顔を思い描く時、私は身内が暖まるようにはればれとする思いである」
『月のある庭』の本の扉には、父の友人、中山省三郎から言われて書いた「月のある庭 平林彪吾著 改造社刊 文字・松元眞」の文字がそのまま使用されている。時代を超え、文学でつながった友情と人の思いやりがこもった1冊の本が今日にまで繋がっていてすがすがしい。
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