福島県(内堀政雄知事)は6月15日、政府の原発被害者帰還促進政策を受けて、自主避難者(県内約2万人、県外約5000人)の住宅無償提供を17年3月で打ち切ることを決めた。月1人10万円の「慰謝料」打ち切りとともに被害者にとって死活問題。東電福島第一原発が立地する双葉町から東京都港区の区営住宅に避難している亀屋幸子さんもその一人。6月19日、国が原告の脱原発・経産省前テント(写真)の撤去裁判の東京高裁第1回口頭弁論があり、亀屋さんと「原発いらない福島の女たち」の黒田節子さんの証人尋問が行われた。
亀屋さんは第一原発が見える自宅で夫と娘夫婦の4人で暮らしていた。2011年3月11日、着の身着のまま原発から避難して今の住居に落ち着くまでの17日間は地獄の日々だった。
「帰りたい、放射能がゼロになったら飛んで帰りたい。でも、一生帰れません」
双葉の家は泥棒に入られ、ネズミの糞だらけになっていた。
現在は、被災住宅補償一時金には手を付けず、「慰謝料」と年金の生活。港区の避難住宅の補償はあと2年。将来は老人ホームの入居も考えてお金は使わないように細々と暮らしている。
双葉町では野菜を買ったことがなかった。近所同士で面倒を見合い、人情が通っていた。東京ではネギ1本100円に驚き、近所づきあいはない。
「テントは私の心のふるさとです」。テントとの関係は、経産省を包囲する“人間の鎖行動”をテレビで見て、「東京の人たちが頑張っているのにお前はなにをしているのかと自分を叱咤して出かけました」。
最初は何を聞かれても泣くばかりだった亀屋さん。テントの人たちに支えられ、用事のない時はプラカードを持ってデモに出かけ、官邸前に立っている。
亀屋さんは石原伸晃前環境相の「カネメでしょ」という発言に心底から憤りを覚える。
「カネじゃない。ふるさとを返せ、元の生活を返せ、が私たちの願いです」
なのに、環境省は双葉町に中間貯蔵施設を造ると発表し、住民説明会を行った。そこで「双葉町の土地評価はゼロ」との話が出て、「誰がゼロにしたんだ、東電だ」と怒りの声が上がった。
「原発再稼働は絶対にいけない。他の人に地獄の苦しみを味あわせたくない。もうたくさん。国と東電は責任をとってください」
亀屋さんは一審の東京地裁でも証言し、被害者の気持ちを裁判官に分かってほしいと、思い出したくないことを一所懸命に訴えた。その思いは伝わらなかった。
「経産省が再稼働はしない、原発ゼロにすると言ったらデモはしません」
亀屋さんはそう言い切った。
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